平和賞の意義を考える

そもそも、ノーベル平和賞の意義とはなんなのでしょうか?アルフレッド・ノーベルはどんな願いを込めて、自身の遺産を贈呈することを決意したのでしょうか?
もともとノーベル賞という賞は、彼が遺書に、「人類に貢献した人物に自分の遺産を贈与する」と記したことからスタートしています。そこには物理学、化学、文学、医学生理学、そして平和の5つの分野から対象者を選ぶようにと書き記したのです。
これは私の個人的な見解ですが、おそらく彼は、純粋に心から世界の平和を願っていたのだと感じます。物理学賞も、化学賞も、医学生理学賞も、それらの分野で貢献する人物は、平和への貢献者でもある、と示したかったのでしょう。自らがダイナマイトの発明者であったという苦悩を抱えていたからこそ。
自分の生み出した火薬が平和利用されることを信じていたかったのでしょう。今後生まれるであろう新たなエネルギーが平和利用されることを信じていたかったのでしょう。人間の善の部分を信じていたかったのでしょう。
しかし、それらをの分野からはみ出た分野でも、平和へ大きく貢献する人物が生まれるであろうことを想定し、「平和」という解釈の難しい分野を遺書に書き加えたのではないでしょうか?私は勝手に、そんな風に感じています。
しかし実際はどうでしょうか?ノーベル平和賞は、平和への功労者に送られていますでしょうか?世界最大の軍事大国の大統領が何人も受賞しているのはなぜでしょうか?
今でも彼の意志が引き継がれていることを願ってやみません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です